【伊万里トンテントン祭り】−詳細

トンテントンについて

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 伊万里神社の御神幸祭で、日本三大喧嘩祭りの一つと言われ、市内の数ヶ所で勇壮な合戦を繰り広げます。 
 ねじり鉢巻姿の血気盛んな伊万里っ子たちによって担ぎ出される「荒神輿」と「団車」が、「トン・テン・トン」と打ち鳴らす太鼓を合図に、双方激突し組み合う壮烈な喧嘩祭りは、全国でも類を見ないものです 。
 しかし平成18年(2006年)には死亡事故が起きた為、トンテントン中止について論争されたが、結局平成19年(2007年)は合戦が中止され、秋祭りが行われた。以降も合戦は開催されず、安全策を講じて再開する動きもあったが、被害者の遺族が損害賠償を求める姿勢を見せたため、合戦の存続を問う住民投票を実施した結果、平成22年(2010年)2月に廃止が正式に決定した。

開催場所・期間

場所:佐賀県伊万里市・市街地にて
期間:2011年は、10月22日23日(2010年迄10月22日〜24日)

祭りのクライマックス(現在は行なわれていません)

写真 祭りのクライマックスに行われる「川落し」では、双方組合ったまま、川に落ち陸に早く引き上げられた方が勝ちとなります。
 荒神輿が勝つと豊作、団車が勝てば大漁に恵まれるといい伝えられています。荒神輿と団車が組み合ったまま伊万里川になだれ落ちる雄姿は壮観で、感動の渦と化します。
 このように伊万里トンテントン祭りは、九州男児の心意気を示す伝統的な祭りであり、勇壮な合戦絵巻を満喫しようと例年約15万人の観光客が訪れ、大変な賑わいを見せています。又毎年数名の負傷者が出ますが、名誉の負傷と言われ救急車では、拍手で見送られます。

荒神輿・団車

荒神輿】写真-香橘神社(橘紋)
巡行時は「チョーサンヤ」(朝廷に参ずるという意味)とかけ声を掛けながら、町内を巡行します。
 喧嘩時は「キーワエンカ」(こっちに来てみろという当地の方言)とかけ声を掛け団車を挑発します。又、合戦場所からは、荒神輿が勝った時点で先に逃げ、次の合戦場所まで巡行します。
〜縄〜
本  縄=長さ25ヒロ(約37.5m)、太さ5分
担い棒=縦棒:長さ約4.5m、太さ3分
荒神輿・団車共通

【団車】-戸渡嶋神社(十二日足紋)写真
巡行時は、ゆっくりとした三つ太鼓の後、「アラヨーイトナ」とかけ声を掛けながら、巡行します。
 喧嘩時は、荒神輿の挑発の後、はやい三つ太鼓を合図に「カーマエロ」(団車、荒神輿共に)とかけ声を掛け合戦が始まります。
 5段重ねの5色の布団は、陰陽五行説を意味し、上から青が空、黄が風、赤が火、白が水、黒が土を意味しています



祭りのおこり

 この祭りは、伊万里川河畔にあった香橘(こうきつ)神社と戸渡嶋(ととしま)神社で、それぞれ行われていた収穫感謝の御神幸祭に端を発し、南北朝の故事になぞられ、荒神輿を楠木方、団車を足利方に見立てた合戦祭りになったものと伝えられております。
 荒神輿の香橘神社の創建は、田道間守(のちの菓祖神)が中国より橘を持ち帰り、この地に植えたことに由来し、橘氏の祖である橘諸兄命(たちばなもろえのみこと)を祀り、楠正成はその橘氏の末裔であります。
 また、団車の戸渡嶋神社は建武の頃、足利尊氏が敗戦の後、筑紫に降り松浦の海上で暴風に遭遇した折りの救いの神を祀っていましたが、その後昭和30年代に、香橘神社、戸渡嶋神社、岩栗(いわくり)神社の三社が合祀された際に、伊萬里神社と改称され現在に至っています。

お供町

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画像 お供町は、神仕えの町で、白神輿・赤神輿の巡行に奉仕します。出番町は、荒神輿・団車を担ぎ、合戦する町です。(お供町、出番町はそれぞれ4年に1度回ってってきます。※平成18年まで) 
 平成18年度は、神輿(みこし)に随行する小学生の笛隊が約50年ぶりに横笛を演奏しました。横笛は、戦後の物不足や演奏の難しさなどを理由に、約50年ほど前からリコーダーを使用していたといわれます。


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